尊厳

 

尊厳、ってちょっと響きが重いんですが、真面目に考えてみようかと思います。

人間が生きる意味って、色々あると思うんですが、最近、尊厳死、なんていう言葉がやたらと目につきます。でも、死、に尊厳なんてあるんでしょうか? 私にはなにかあまりにもきれいごとのように思えてなりません。

父が亡くなった時のこと。 集中治療室に入って、意識もなくなって、瞬き程度しかできない状態で管だらけになって11日間生きていました。尊厳も何もありません。 ほぼ、毎日危篤状態で、今日死ぬか、今死ぬか、というような状態でした。 尊厳死、などという選択肢はありませんでした。

もう、今まで生きてきたこともまったく丸裸で、取り繕うこともできず、ただただ、現代医学に生かされただけでした。そんな父を見た後、尊厳死、なんていう言葉を聞いても、何を言ってるんだろう、って感じにしかなりません。 そんなきれいごとをいくら議論されても意味がない。

今まさに亡くなろうとしている人に何が尊厳死か。 意識もはっきりしていて、分別もつく状態で、もう家族に迷惑を掛けたくないから、無理な延命治療はしないでくれという、その言葉は立派だと思います。 しかし、現実はそんなきれいごとではありません。 本人の意思などお構いなしに、医者も家族も生かすことだけを考えるのです。

どんなに本人が苦しもうとも、一秒でも生命が長らえるように、そういう思いだけで治療し、いのるのです。 もうどう考えても、回復しないと分かっていても、高価な薬品を使い、無理やりにでも延命させてしまうのです。 そんな状態で本人の意思など関係なしに物事は動いてしまうのです。

だから、尊厳死なんていう議論は机上の空論で単なる言葉遊びだと思います。

実際に毎日そんな環境で働いている人や、切実に身内を看取った人なら安易にそんなことは言えないでしょう。介護が長期化し、患者本人も家族もへとへとになってもなお、生きたいと願うのが凡人です。

普通なんです。

医者だって、尊厳死だからなどという理由で、殺人に加担するような思いはしたくないのです。

家族がもう死なせてあげてください、といったとしても、医者は医者の倫理観で、その管を抜いたら死んでしまうので、 そんなことはできません、というのです。尊厳があるとしたら、どんな姿になっても最後まで生かされているという事実を、身を持って周りの人に理解させようとしていること、 苦しいからと言って、安楽に生から死に逃げずに最後まで命を全うすること、その姿を見せることが本当の、尊厳死、なんじゃないか、 そんな風に思うわけです。

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